蛍の森
 



「いーち、にーい、さーん、・・・・」

紅太は両てのひらを目にぴったりとくっつけ、木のほうを向きながら大声で数をかぞえていました

「ごーお、ろーく、しーち・・・・」

森の中、真夏の太陽がぱらぱらと光のしずくを降らせます。
今は夏休み。
両親につれられ田舎へと遊びにきた紅太はここのところ毎日この森で遊んでいるのです。
紅太は十まで数をかぞえると、ほっぺをぽくぽく真っ赤にしながら声を大きく張り上げました。

「もーいーかい!」

紅太ぱっと手を目からはずすと、くるりと木に背を向けました。
動きを止めて、じっと耳をすませます。
けれども風が、さわりさわさわ、森の木立にささやくだけ。
ほかに返事はありません。

「もーいーいかい!」

紅太は口の横に手をあて、もう一度そう叫びました。
けれども蝉がじーわ、じーわと笑うだけ。
やっぱり返事はありません。

それもそのはずなのです。
紅太はひとりでかくれんぼをしているのですから。

「つまんないの」
紅太はそう言い木の根元に座り込むと、ぷちり、と草をちぎりました。
そのはっぱの裏側を木にこすり付けてみると、木のみきにはうっすらと汁があとを残し、
はっぱはこすれて穴が開きました。
紅太の指先は草色に染まり、ぷん、と夏のにおいが香りました。
ぷち、さりさり。 ぷち、さりさり。

「・・・つまんないなあ」
紅太は小さく溜息を吐きました。
もう紅太はかくれんぼのほかに、だるまさんがころんだも、缶けりも、かごめかごめも、
みんな、ひとりでやったのです。

「かえろっかな」

ぽつりと、紅太がそうつぶやいたときでした。

「もーいーよ」

森の奥から、小さく、男の子の声が聞こえたのです。
紅太は驚き、声の聞こえたほうを振り向きました。
けれどもそこには誰もいません。

「きっと、かくれてるんだ」
紅太は大きく息を吸い込み大声で叫びました。
「もーいーいかーい!」

しん、とした一瞬の間のあと、

「もーいーよ」

遠くから、ちいさくだけれど、確かに男の子の声がしました。
とくとくとく。紅太のむねは期待に音を奏でます。
「もしかしたらぼくのほかにもこの森で遊んでいた子がいたのかもしれない!」
紅太はうれしくなって、声のするほうへと走り出しました。

木の上。
木の下。
草の陰。
ひょこり、ひょこり。
紅太はわくわく、顔を覗かせます。
紅太は夢中になって声の主を探しました。






紅太がふと足を止めたとき、森は暗くなり始めていました。
木々の間に覗く空はだいだい色に染まっています。
男の子はまだ見つかりません。
探せど、探せど、そこには草木が広がるだけなのでした。
紅太は急に心細くなってきて叫びました。

「どこー?でーてきてよー!」

ざわざわざわ。
じーわ、じーわ。

紅太はそのまま立ち尽くしました。
こころの奥のへんからじわりと不安が押し寄せます。
「いいよ。もう。僕かえっちゃうよ」
小さく呟いてくるりと向きをかえたとき。
紅太はどくり、と、自分の心臓が不安に跳ねる音を聞きました。
いつの間にか、紅太は森の奥深くまで進み、帰り道がわからなくなっていたのです。
どきん、どきん。
紅太は早足で歩き始めました。
だいじょうぶ。だいじょうぶ。
こころのなかでそう自分に言い聞かせながら、紅太は黙々と森の中を進みます。
けれどもいくら進んでも、家への道はみえません。
いつのまにか蝉たちも、しんとすっかり静まって、木々が不気味に揺れるだけ。
そのうちどんどん日が落ちて、森の中はすっかり真っ暗になってしまいました。

どうしよう・・・。

紅太はそれでも足を止めません。
ただ闇雲に、森を歩きまわりました。
熱い太陽に変わり、つきが木々を照らします。
ざわざわざわ。
昼の間はここちよかった風のささやきも、夜は紅太をおどろかすものに姿を変えます。

「う・・・うっ、うっ」
紅太はぽろぽろ、泣き出してしまいました。
それでも手の甲で涙をぬぐい、鼻をすすり、森の中を進みます。

ふと、紅太は人の声が聞こえた気がして顔をあげました。
すると確かに、歌うような声が細く、細く、紅太の耳にとどくのです。
紅太はしゃくりあげるのをやめて、ふわふわとそちらに歩いていきました。
近づくとちろちろと水の流れる音がします。
誘われるようにして足を勧めると、ぽっかり川を囲むようにして、森がそこだけ小さくひらけていました。

その川のすぐそば。
月の灯りに照らされて、男の子がひとり、ふわりとそこに立っていました。

「あ・・・」

紅太がおどろいて小さく声を上げると、その男の子はにこりとほほえみました。
「こんばんわ」
そう言った男の子の黒い髪を、風がさらさらと遊んでいきました。
紅太は不思議な気持でそれを見詰めました。
いつの間にか涙も止まっていたのでした。

「どこから来たの?」
けれど男の子にそうたずねられた途端、紅太は自分が迷ってしまったことを思い出し、急に悲しくなりました。
「ぼ、僕、みちにまよって、おうちにかえれないんだ」
いいながら、紅太の目には再び涙の玉が浮かびます。
それを見た男の子はそっと紅太に近づくと、きゅっと両手をとりました。
そして顔を近づけて、ぺろりと目じりをなめたのです。
紅太がびっくりしていると、男の子はそのまま頬に残る涙の後まで、ぺろり、ぺろり。

「うふふ・・くすぐったいよお」

そのうち紅太は思わず笑い出してしまいました。
男の子もにこりと、うれしそうに笑いました。

「そうだ、いいものみせてあげる」
そう言って、男の子は紅太の手を取ったまま歌いだしました。


ほう ほう ほたる来い

あっちの水は苦いぞ

こっちの水は甘いぞ

ほう ほう ほたる来い


するとどうでしょう。
ぽう。ぽう。
ひとつ、ふたつ、またひとつ。
その歌につられるようにして光があたりに落ちてきます。

紅太もつられるようにして男の子と一緒にうたいはじめました。


ほう、ほう、ほーたるこい

あっちのみーずはにーがいぞ、こっちのみーずはあーまいぞ、

ほう、ほう、ほーたるこい・・・


「わあ・・・」

紅太は森に迷ってしまったことも忘れ、その景色に目を輝かせました。
まるで星空にいるように、無数の蛍が、とんでいたのです。

ふたりはしばらく、光の中で手をつないだまま、立ち尽くしていました。
すると男の子がにこりと笑って言いました。
「ね、きれいだろう?」

「うん、すごい!すごい!」

紅太は、言いながら、興奮して、駆け出しました。
とんだり、はねたり、その手で光を捕まえようと夢中です。
はあはあと息を弾ませながら、紅太は男の子に言いました。

「ね、すごいね。お星様のなかにいるみたいだね」
「でしょう?ね、ぼくの名前は、ケンジっていうんだ。君は?」
「ぼくは紅太!ケンジ君は何年生?ぼく、3年生」
「・・・そう。・・・ぼくも、3年生」
「いっしょだね」
「・・・うん。・・・ぼく、夜になるといつもここにくるんだ」
「え!いいなあ!!」

紅太がそう言うと男の子はうれしそうに笑って言いました。
「じゃあ、紅太もぼくといっしょに、ずーっとここにいようよ」

けれどそれを聞いて、紅太ぱたりと、飛び跳ねていた足を止めました。
そしてすこし困った気持になったのです。

「・・・ぼく、お母さんとお父さんにあえなくなるのやだ」

男の子は悲しそうな顔をしました。
「・・・どうして?ぼくとずっとここにいれば、ずっと、ほたるがみられるよ」
けれど紅太は黙ったままです。
「・・・ぼくと一緒にここにいれば、毎日、一緒にかくれんぼができるよ」
紅太は少し考えました。
「・・・ぼくと一緒にここにいれば、毎日、一緒にだるまさんがころんだだってできるんだよ」
紅太はやっぱり少し考えてから、首を横に振りました。

「ぼく、おうちに帰りたい」
そう口に出した途端、ほんとうにほんとうにおうちに帰りたくなって、紅太はまた泣き出してしまいました。

「・・・泣かないで」

男の子はあやすように紅太の頭をなぜると、そっと涙をぬぐってあげました。

「ほんとうに、おうちに帰りたい?」

男の子がそう聞くと、紅太は涙を手の甲で拭きながら、こくりと頷きました。
男の子は一瞬、目を伏せ、けれども次の瞬間にはやさしく笑い紅太に言いました。
「ぼく、おうちに帰れるおまじない、知ってるんだ。だから紅太もきっと帰れるよ」
紅太はぱっと顔を上げました。
「ほんとう?」
「うん」

男の子は再び紅太の両手を取ってささやきました。
「じゃあ、紅太、目を閉じて」
紅太は素直に目を閉じました。
けれどふと思いついて、すぐに目を開けると、男の子を見詰めて言いました。
「ね、ケンジ君もぼくのおうちにきなよ。せっかくともだちになったんだからさ、お泊りしていきなよ」
紅太は自分の思いつきにわくわく、どきどき。目を輝かせました。

けれど男の子はそっと微笑んだだけでした。

「さあ、紅太、目を閉じて」
男の子はそう言って紅太のおでこにふわりと、唇を触れました。

紅太は少し残念に思いながらゆっくり目を閉じました。

すると男の子はきゅ、と紅太を抱きしめました。
と、次の瞬間、紅太は自分の唇に、男の子の暖かい唇が触れたのを感じました。
あっ、と思ったそのときでした。

「紅太ー!紅太ー!」

遠くから、聞きなれた声が聞こえます。

「お父さんとお母さんだ!!」
紅太は言いながらぱっと目を開きました。

紅太は目の前に広がる光景に、驚いたまま声も出ませんでした。

さわさわさわ。

そこには蛍も、川も、男の子もいませんでした。
紅太は森の木々のなかにひとり、佇んでいたのです。

遠くから、がさがさと、足音が近づきます。
ぱっと、懐中電灯の光が足元に照ったと思ったときでした。

「紅太!」
紅太は突然後ろから抱きしめられました。
いいにおい。
それは、紅太のお母さんでした。
抱きしめられた腕の中でくるりと向きをかえると、お母さんの頬は涙で濡れていました。
「紅太!もう、心配したのよ」

「お母さん!」
紅太は暖かい腕の中で、お母さんの首に手を回すとぎゅっと抱きつきました。

「ほんとうだぞ、紅太。お父さんもお母さんも心配したんだぞ」

そう言って後ろから懐中電灯を照らしたのはお父さんでした。

「さあ、帰りましょう」

お母さんはそう言って紅太の片手をとりました。
お父さんももう片方の手を握ります。

そうして三人はおうちへと、森の中を歩きはじめました。

お父さんとお母さんに手をつながれながら、紅太はもう一度、そっと、後ろをふりかえってみました。
けれどそこにはやっぱり、暗い森が月夜に照らされるだけなのでした。




おうちへと帰る途中、紅太はずっとずっと、歌をうたいながら森のなかを歩きました。
それはもちろん、あの歌なのです。




ほう  ほう  ほーたるこい・・・・










2005/09/21
 
 
小説目次
 
このお話、自分で書いておきながらBLなのか激しく疑問です。しかもそうなると、ショタ!?・・・でも、なんか書いてて楽しかったです。もちろん、サイトの名前から思いついちゃったお話です。もうなんか童話か絵本って感じですよね。これ。
感想いただけるととってもうれしいです。
 


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