充哉と出会って、晋一の人生は大きく変わった。
きっと他人から見たら、充哉と晋一の出会いは不幸でしかないのかもしれない。
それでも。
それでも晋一は思う。
ふたりが出会えたことは、晋一の人生で一番幸せな出来事だったのだと。
こんなふうにしか終れなかったとしても、
それでも晋一は、自分は世界で一番幸せなときを充哉と過ごしたのだと、
そう、最後の最後まで信じていたのだった。
* * *
桜が舞う。
あたり一面に植えられた桜の木は、見事なまでに満開で、
さらさらとその枝を風にしならせては、薄桃色の雨を降らせる。
晋一はその空間にひとり、ぼんやりと立ちすくんでいた。
なんだろう。
なぜ、自分はここに居るのだろう。
何も分からないくせに、不思議と焦りや苛つきは覚えなかった。
ただ心にあるのは静けさと、そしてふわりと暖かいものだった。
ここで自分は何かを待っている気がする。
けれどそれが誰であるか、何であるか、さっぱり思い出せない。
晋一は桜を見上げた。
風に散りゆく桜の花を見詰めていると、何故か心に涙っぽい思いと、
説明しきれない、胸が締め付けられるような、けれどどこか高揚感にも似た感情が湧き上る。
その感情に名前があることを思い出したのは、自分の向かいからひとりの少年が歩いてきたときだった。
「充哉」
「晋一」
二人で同時にお互いの名を呼ぶ。
―ああ、自分は充哉を、ここで永い間待っていたんだ。
ふたりは歩み寄り、お互いを抱きしめた。
晋一の頬に一筋涙が伝った。
愛と名のついた感情はとめどなく晋一の心から流れ出る。
晋一は充哉のぬくもりを感じながらゆっくりと目を閉じた。
目覚めると、そこは見たこともない世界だった。
いや、見たことはある。
けれどどこか他人事のような、そんな不思議な感じだった。
先ほどの夢の情景が頭から離れない。
それよりも、ここはどこなのだろう。
―自分は、充哉と共に恋に落ち、永遠の時をさまよい、そして桜となり散ったはず・・・・
と、そこで、晋一は自分の記憶の中にもうひとつの記憶があるのを感じた。
今の世界、生まれ変わった晋一としての記憶だった。
そして、晋一は全てを理解した。
あの不思議な少年にお礼が言いたかった。
晋一は体を起こし、ベッドの横のカーテンをあけ、窓から外をのぞいた。
窓を開けると暖かい春の風が吹き込んできた。
―君の、君たちの想いがどれだけ強いか、十分見せてもらったよ―
天邪鬼な声が、風に乗って囁いた気がした。
晋一は窓を閉めるとベッドから降りた。
引っ越してきたばかりで殺風景な部屋。
その壁にかけられた時計の針は8時少し前を指している。
晋一はクローゼットから新しい制服を取り出した。
急がなければ。
今日は特別な日なのだから。
充哉のいる学校へと転校する、特別な―。
完(10/17/2005)
|