自分が修司に惹かれているなんて。
僕は信じられない思いでいた。
認めたくなかった。
けれどそうでなければ先日の行動はどう説明すればいいのだろう。
そう思うと僕は絶望的な気持ちになった。
だってどう考えても修司が僕の思いに応えてくれるとは思えない。
綺麗な女の子たちと付き合いなれている修司。
それに対して僕はといえば中性的ではあるけれど
修司と噂になってきた華やかな女の子たちと比べれば平凡な顔に平凡な頭脳。
おまけに小心者でオクテな僕は女の子と付き合ったことがなかった。
告白された経験がないわけではない。
けれどそういった女の子を目の前にすると僕はいつも小さな声で「ごめん」というのが精一杯だった。

そして、決定的な問題は僕が男だということだ。
修司が男に興味があるとは思えない。

僕は決心した。
自分の思いを隠し通そうと。





「みーのる!」
その日も修司は僕に後ろから抱きついてきた。
修司が僕に触れるとき僕はうれしいのと同時に辛くてたまらなかった。
僕が修司の特別ではないのがわかっていたから。
僕は期待しすぎる自分に言い聞かせなければならなかった。
修司はただ単に他人とスキンシップを取るのが好きなんだと。
そのくせ修司が他の奴に触れているのを見ると僕の心は嫉妬で乱れた。

そんな僕の思いを知らず、修司は僕に囁く。
「タバコ吸いにいこうぜー」
のん気なふりをして僕の心を荒らす修司に僕は少し苛立った。

「一人で行けば」
僕が冷たく言っても修司は今日一本も持ってないんだよ、などと言ってへらりと笑う。

修司はそうして僕に何かを頼んだりねだったりすることが多かった。
都合のイイやつだと思われてるに違いない。
けれど僕は結局その笑顔に負けるんだ。
すると修司は必ず言う。
「ミノルー。お前やっぱいい奴だよ。好きだなー」
その言葉は僕をひどく傷つけた。
それは、僕の欲しい好きじゃない。




僕たちは高校二年生になっていた。
相変わらず修司の女の子に関する噂は絶えなかったし
僕は僕で彼女が出来ることもなかった。
つくる気もなかったのだ。

修司とはクラスが離れた。
僕以外の人間に触れる修司を見て嫉妬することが減ると思うとありがたかった。
けれど相変わらず屋上では顔を合わせるし
修司が僕のクラスへ顔を出すこともしばしばあった。
僕たちは色々な話をした。
けれど女の子の話はあまりしなかった。
僕が避けていたのもあるし、修司もそんな僕に気を使っているのかもしれなかった。



そんな中、ある日僕たちはいつものように屋上でタバコを吸っていた。
会話が途切れ沈黙が流れたとき
修司が突然真剣な表情でこういった。

「俺、お前が好きなんだ」

僕は困惑した。
どういう意味なんだろう?これも冗談なのだろうか?
僕が動揺した様子で黙っていると修司は突然笑い出した。

「じょーだんだよ、じょーだん。まったくみのるはマジメだよなー。
からかいがいがあるっていうか。ま、そんなとこが好きなんだけどさ」
そうカラカラと笑う修司を僕はあっけにとられて見つめていた。
そして腹が立った。


それからというもの修司はよくそうして僕をからかった。
「好き」と言っては僕を困らせ、
「冗談だ」と言って戸惑う僕を笑う。
そんな修司を僕はほとんど憎んでいた。
けれどそれでも好きだという気持ちは止められなかったんだ。
どうしてこんなやつを好きになってしまったのだろう。
僕は泣きたい思いでそれでも修司の隣にいた。



夏休みが近づくある日だった。
屋上でまた修司が僕にからんできた。
「俺さーお前のことが好きなわけよ」
僕はうんざりとした。
そんな冗談を繰り返す修司にも。冗談だと分かっていながら期待してしまう自分自身にも。
僕は心の中を見透かされるのが怖くて適当に相槌を打った。
「あ、そう」

「本当だって」
僕は苛立った。つい口調がきつくなるのを止められなかった。
「またどうせ、冗談だ、とか、友達としてだけど、とか言うんだろ。
もういいよ。その手の冗談は」
僕がそう言っても修司は引かなかった。

「本当だって言ってるだろ。俺は本当にみのるが好きなんだよ。
今回は、本当に本当」

僕が本気にするまで粘るつもりだろうか。
僕は本格的に腹が立ってきた。
「しつこいよ。修司。僕はそんな冗談ばっかり言ってる修司嫌いだよ」
僕がそう言うと修司は意地になったのかさらに詰め寄る。

「本当だって言ってるだろ。俺のこと信じないのかよ」。
いい加減しつこい修司に、僕の我慢は限界だった。

いつもいつもそうやって僕をからかって。
僕を期待させて。
僕がどれほど傷ついているかも知らないで。

気づいたら僕は思い切り叫んでいた。
「その手の冗談にはうんざりだって言ってるだろ!うざいよ!
いつもいつも僕が何も言わないからって都合のイイ奴だと思ってるんだろ?!
もうお前の頼みごとなんか一切聞かない!
僕がどれだけお前のせいで傷ついたと思ってるんだよ!修司なんか大っ嫌いだ!!」
言ってから僕はしまったと思った。
僕は明らかに言いすぎたのだ。
けれどもう遅かった。目の前の修司は呆然とした表情で僕を見詰めていた。
僕はいたたまれなくなって修司から目をそらすと
そのまま屋上を後にした。



その後、僕は屋上に行かなくなった。
行く勇気がなかった。
修司とふたりきりでどんな顔をしていいのか分からなかった。
そのうち修司が僕のクラスに来ていつものようにふざけた調子で抱きついてくる、
そんなふうに仲直りできることを少し期待していた。
けれど実際に修司が僕のクラスに現れることはなかった。
時々廊下ですれ違ったりすると修司のもの言いたげな視線にぶつかった。
僕はそれを無視した。
こんなはずじゃなかったと思った。
けれどもう、終わりだと思った。
この機会に修司のことはきっぱり忘れよう。
そう誓った。


そして僕はタバコをやめた。
一人で吸うたびに修司と一緒に屋上で吸ったことを思い出してしまうから。
タバコをやめるのは大変だった。ストレスも溜まった。
けれどもっと大変だったのは修司のことを考えないようにすることだった。
そのために女の子と初めて付き合ってみたけれどだめだった。
その女の子にも悪いことをしている気がして結局うまくいかなかったのだ。


僕は高校三年生になり、受験に追われた。

受験の忙しさも手伝い月日が立つにつれて修司のことで心が激しく荒らされることはなくなった。
けれど時々タバコの香りを嗅ぐと切ない気持ちになる。
大学に入ってもそれは変わることがなかった。
僕はその後、修司がどの大学へ入って、どこへ引っ越したのかも知らなかった。


それを今、こんな形で知るなんて思ってもみなかったんだ。




あの修司が死んだなんて。






僕のアパートを訪ねてきた女子大生は藤崎さんといった。
男の一人暮らしの部屋に入れるわけには行かず
僕は彼女を近くの喫茶店へと連れて行った。
藤崎さんは修司と付き合っていたと言った。
彼女は意外なほど地味な女の子で高校時代修司が付き合ってきた子達とは
まったく雰囲気が異なっていた。
僕は今、その彼女から衝撃的な事実を聞いたのだ。

修司が死んだ。

今から一週間前、信号を無視して車に撥ねられたそうだ。
新聞にも小さく載ったらしいけどそもそも新聞を読まない僕の目には入らなかった。
藤崎さんは修司が死んだ後、高校の卒業アルバムを見て僕の実家に電話をかけ、
僕のアパートの住所を聞き出したそうだ。

藤崎さんは目を伏せぽつりと言った。
「修司、あなたのことを忘れたことなんてないと言ってましたよ」

僕はその言葉に少し驚いた。
修司が、僕のことを、そんな風に他人に話すなんて。
僕を思い出すとき、そこにはどんな感情が混じったのだろうか。

「あの・・・修司、そんなに僕のことをあなたに話したりしていたんですか?」

藤崎さんは質問には答えず、ただ僕を見て微笑んだ。その微笑はやはりどこか悲しげだった。
そうだろう。恋人が死んだのだ。
一方僕は、修司が死んだと伝えられてもいまだ実感がわかないでいた。
僕の中にあるのはなつかしさと、そしてちりりと胸を苛むせつなさで。
きっとまた、「タバコ一本くれよ」なんて、へらりと笑って出てくる。そんな気がしてならなかった。

「修司、あなたに好きだと言っては冗談だとごまかしてたんでしょ?」

ごまかしていた?僕は首をかしげた。
まさか。
そんな言い方をされるとまるで―
「修司は本当にあなたのことが好きだったんです」

僕は黙っていた。
何を言っていいのか分からなかったし信じていいのかも分からなかった。
いや、信じたくなかった。

「修司は今まで誰にも言えなかったって言ってました。
あたしも驚いたんですよ。男の子のことがずっと好きで忘れられないなんて」
彼女は寂しそうに笑った。
そんな表情をしないで欲しい。
それではいかにも、彼女が本当のことそ言っていると信じずにはいられなくなる。

「最初は冗談かと思いました。でも凄く切なそうな顔で話すんです。あなたのこと。
真面目なくせにタバコを吸って。小心者のくせに屋上の合鍵なんか作って。
そんなところがかわいいって言ってました。気づいたら好きになってたって。俺の初恋なんだって。
触れたくて触れたくて仕方がなかったけれどふざけて抱きつくことしか出来なくて。
思いを伝えようにもいざとなると返事が怖くて冗談だとしか言えなかったって」
そこで彼女はいったん言葉を切るとグラスの中をストローでかき混ぜた。
カラリと氷がぶつかり合う音がした。

「でもある日修司はそのことであなたと喧嘩しちゃったんですね。
大嫌いだと言われてショックを受けたって言ってました。・・・修司も不器用だから」
そう言う彼女は本当に修司のことが愛しいという表情をしていた。
僕は、自分の身体が震え始めているのを感じた。

「修司、悩んでたんです。自分は彼を傷つけたらしいけど、
その理由がまったく分からない。あの後今度こそ真面目に話し合って
その理由を聞こうを思ったけれど、あなたがそれ以来屋上に来ることはなかったって。
・・・修司、それから卒業までの間、毎日欠かさず屋上に行ってあなたを待ってたんです。
・・・・・・・ねえ、修司はなぜ、あなたを傷つけたんですか?なぜ、何に、あなたは傷ついたんですか?」

気づくと僕の頬には涙が伝っていた。
周囲の目線が僕に集まるのが分かったけれどそんなことどうでもよかった。
藤崎さんは僕をまっすぐ見詰めた。

「あなたも修司のことが好きだったんですね」
僕は涙で視界がぼやける中、必死で彼女を見つめた。
「・・・・うん。僕も、修司が好きだったんだ」

彼女はかばんからタバコを取り出しそれに火をつけゆっくりと吸った。
「修司、あたしが見た目に似合わずタバコなんか吸ったりするから、興味、持ったんだと思います。
・・・・あなたを思い出して・・・」
藤崎さんは自嘲的な笑みを浮かべた。

「それでも、あたしは彼が好きだったんです」



別れ際、僕は彼女になんて言っていいか分からなかった。
「あの・・・・・・、修司、僕のことが好きだったかもしれないけど・・・・
藤崎さんのこともすごく好きだったんだと思います・・・・・誰にも話せなかったことが話せちゃうくらい」
彼女は僕のその言葉に無言で微笑んでいた。
彼女は最後まで泣かなかった。




僕はアパートへと帰る途中、
コンビにへ寄ってタバコを買った。
久しぶりにタバコを吸って感じる眩暈のなかで、
僕は修司に思いを馳せた。
嘘ばかりついていたため肝心なときに信じてもらえなかった少年。

僕の愛しい狼少年はもういない。

僕は真夏の青い空へとくゆる煙と見つめながら、僕の思いが修司に届けばいいと思った。
修司、僕は君が好きだったんだよ。誰よりも。

僕は静かに煙を吐き出しながら
修司が安らかに眠れることを祈っていた。
 
 
 
 
 
 
 
Fin (2005/2/23)
 
 
 
< <小説目次> 
 
最初、主人公が修司のことを好きになるかどうか、かなり悩みました。当初はみのるのほうにはまったく気がなく、修司が死んで初めて修司が自分のことを好きだったと聞かされとまどう、というパターンだったんです。今でもどっちで書いたほうが良かったのかよくわかんない感じです・・・・・。
このお話、私にしては珍しい感じです。こういうお話ってどうなのか本気で感想まってます。
 


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