気付くとぼくは桜の木の根に背を預け足を投げ出していた。
身体がだるい。
ぼくはなにを―?

そこまで考えてからぼくははっとして辺りを見回した。

晋の姿がない。
上を見上げ、ぼくは愕然とした。
視線の先にある木の枝に、桜の花はただのひとつも咲いていなかった。
それどころかその木はもう朽ち果て、死んでいるように見えた。
あれだけ盛大に散っていた桜の花びらすら、跡形もなく消えていた。
ぼくはしばらく呆然としていた。

突然カタン、と音がしてぼくは門の方をはじかれたように見た。

晋がいるかと思った。
けれどそこにはくすんだ木の扉が開きっぱなしになっているだけだった。
蝶つがいが壊れているらしかった。

ぼくは泣きたくなった。
あれはやっぱり、ぼくのみた夢か、幻だったのだろうか。
それとも・・・・。

ぼくはふらりとその場に立ち上がった。
その途端、下半身に鈍い痛みが走った。
ぼくはふと思いついてワイシャツのボタンをはずしてみた。
ぼくの胸があらわになる。
そこに現れた、紅い印。
それはまぎれもなく晋がつけたものだった。
「晋・・・・」
ぼくは呟いた。
君は、どこに行ってしまったの?












秋が過ぎ、冬になり、そして春が巡ってきた。
ぼくはひとつ学年が上がり、高校二年生になった。


あの後、ぼくは何度かあの朽ちた日本家屋へと足を運んだ。
それはいつもそこにあった。
けれどそこには桜の花も、あの美しい少年の姿もなかった。
ただただ乾いた景色が広がるだけだった。
晋がぼくの胸に残した印はやがて消え、
月日とともにあれは夢だったのではないかと思うようになっていた。
けれどその反面、晋は確かに存在した。そう心のどこかで信じていた。



今日から新学期、新しいクラスで担任が自己紹介を始める。
ぼくはそれをぼんやりと聞きながら、机に頬杖をつき、窓の外に広がる景色を眺めた。
校庭に植えられた桜がこぼれんばかりの花を咲かせている。
ぼくは晋の顔を思い出そうとした。
それは像を結ばない。時間は確実に流れたのだ。
けれど、晋のことを思うとき、ぼくの胸には切なく甘い思いが居座る。
もしも、晋が本当に永遠の時を生きてきたならば、晋は、どんな気持でその孤独に耐えたのだろう。
どんな悲しみに耐えてきたのだろう。
校庭に、桜吹雪が舞う。
ぼくは、晋を解放できたのだろうか。
そしてあの死んでしまった桜の木のように、晋の命もそこで消えたのだろうか。
願わくば、あの桜の木がいつか土に返り、その上にまた新しい命が芽吹くように、
晋もまた、正しい時の流れの輪廻に戻れるといい。
たとえそれが、ぼくの夢の中の出来事であったとしても。



突然、大きな音を立てて教室のドアが開いた。
クラスの全員がそちらへ注目する。
「すみません。転校してきたもので、遅れてしまいました」
ぼくはゆっくりと顔をそちらへ向けた。
そして、息を呑んだ。

「名前は」
「勢多 晋一です」

髪を染め、ピアスをしていようとも、その美貌は変わらない。
その顔は、晋だった。

「よし、勢多。座れ」
担任がそう言うと少年は頭を下げてから席に向かう。
ぼくの、隣の席へ。
その美しさにクラスじゅうの意識が集まる。
ぼくは自分の鼓動が速くなるのを抑えられなかった。
涙が出そうだった。
少年がぼくの隣へ腰掛ける。

そして、ぼくに囁きかけた。



「充哉。やっと会えたね」











Fin (2005/02/24)





< <小説目次>
 
このお話は小説を書き始める前から、BLの世界を知らない頃から、ずーっとずーっと暖めていたものです。
なんだか謎だらけで終わってますが、本当は晋がどうして不老不死になったのか、どうやったらそれから開放されるのか、どのようにして生き延びてきたのか、どうして桜まで一緒に枯れないままなのか、そんな設定までぜーーーんぶ細かく考えてあったんです。でもそれやるととんでもなく長編になっちゃうなーと思ったんで・・。
不思議な雰囲気を残しておくのもいいかな、と思い短編で書きました。
いつか気が向いたらこのネタで長編かくかもしれません。感想いただけたら物凄くうれしいです。
 


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