全ては計画されていた。
両親が死んだこと。
犀がこの『白柳』に売られたこと。
逸巳が初めての客であったこと。
そして宗二朗が犀によくしてくれたこと。
犀はそれらの話をおとなしく聞いていた。
何を言っていいか分からなかった。
自分でも、どう感じているのかわからなかった。ただただ、衝撃を受けていた。

逸巳は最後にこう言った。
「だましていて、すまなかった。・・・けれど、
初めてなんだ。こんなに。なにかを、誰かを手に入れたい、守りたいと思ったのは」
そのことばにも、犀は黙っていた。
逸巳がふっと悲しげに笑った。
「・・・今日は、犀を身請けしようと思ってここに来たんだ」
犀はどきりと、逸巳を見詰めた。
「・・・俺にこんなことを言う資格がないのは分かっている。
けれど、それでも・・それでも、まだ、事実を知ってなお、俺のことを許してくれる気があるならば、
身請けを受けてほしい」
困惑し、目を逸らした犀に、逸巳は付け足した。
「今日すぐでなくてもいい。・・・・明日。明日の晩、また犀を指名するよ。そのときまでに、考えておいてほしい」
そう言うと逸巳は立ち上がった。
犀は慌てて逸巳を見上げた。
「あ、あの・・」
「今晩は、帰るよ」
そう言って逸巳はさらりと犀の黒髪をなで、切なげな微笑を浮かべた。
犀はぼんやりと、部屋を出てゆく逸巳の姿を見つめていた。








翌朝、茜に宗二朗の熱が下がったと知らされ、犀は一番に彼の部屋へと向かった。
茜はそれ以上にもなにか言いたそうだった。
結局口をつぐんだ茜にほっとしながら、犀は廊下をすすんだ。
障子の前で宗二朗に声をかけると、中からは緊張気味の声が聞こえた。
中に入ると、やはり緊張した面持ちで、宗二朗は布団の中で身を起こしていた。
「おはよう・・・」
枕元までいって声をかけると、宗二朗は目をあわさずにおはよう、と小さく返した。
「あの、身体、よくなってよかったね・・・」
「・・・うん」
「あの、さ、昨日、ね・・」
「・・イツミさん、来たんだろ」
「・・・うん」
「・・・っ」
宗二朗は勢い良く顔を上げた。
その表情は泣きそうだった。
「セイ!俺、うそついてた・・っ・・・ほんとは、俺、セイが弟に似てるからなんかじゃなくて・・・っ」
「知ってるよ」
犀が落ち着いた声でそう言うと、宗二朗は項垂れた。
「・・・あいつから、聞いたんだね・・」
「・・・大体・・」
「・・・俺、兄さんに犯されたのは本当なんだ。・・・それで、街をさまよっていたら、イツミさんに拾われた。
仕事が、あるって。寝泊りも出来るし、食事もある。男にも抱かれなくていい。・・・ただ。
・・・・ただ、犀という少年が入ってきたら、面倒を見て、それから様子を報告してほしいって、そう、言われた」
「・・・うん」
「っ、俺、客の一人に聞くまで知らなかったんだ。あいつが、セイの両親を殺してたなんて」
項垂れた宗二朗の眼から、涙がひとつぶ滴り落ちた。
「宗二朗・・・僕は・・」
言いかけたことばを宗二朗はさえぎるようにして、一気にまくし立てた。
「だから、セイの面倒を見てても、ずっとずっと心にしこりがあるようで・・・すごく、後ろめたかった。
そのうち、セイに惹かれてる自分に気付いて、・・でも、そんなこと言える立場じゃないって、
必死に自分を抑えてた。でも、ほんとなんだ、俺が、セイを好きなのは。こんなこと、言うべきじゃないって
わかってる。でも、それでも、俺はセイが好きなんだ・・だから、セイ、どうなるかわからないけど・・・」
そこで宗二朗は深呼吸をするようにして、犀を真っ直ぐ見詰めた。
「一緒に、ここから、逃げよう」
ささやかれたことばに、犀は目を見開いた。
「叔母さんから、便りが来たんだ。全てを知って、俺に同情して、居場所を突き止めて手紙をくれた。
うまくいけば、そのひとが何とかしてくれる」
声を潜めて必死に訴える宗二朗に、犀は目を伏せた。
「・・・セイ?」
「・・昨日ね、逸巳さん、僕に言ったんだ。・・・身請けさせてくれって・・」
宗二朗がひゅっと息を呑んだ。
「っ、まさか・・・」
「ねえ、宗二朗、聞いて。逸巳さんは確かに僕のお父さんとお母さんを殺したよ。
それは・・・僕も、悲しいっていうか・・・驚いたっていうか・・・。
でもね、逸巳さんは僕が憎いからやったんじゃないんだ」
「それにしたって・・・っ」
「・・・分かってる。僕だって、間違ってるって分かってる・・でも、でも幸せなんだ。
僕、逸巳さんに好きって言ってもらえると、いままででいちばん、幸せな気持になれるんだ。
・・・っ、お、おかしいよね。へんだよね。お父さんとお母さんを殺した人なのに。
でも、でも、僕のお父さんとお母さんは僕のことを好きだなんていってくれなかった。いっつも、いっつも、
お酒のんで、僕になんでもやらせて・・・っ」
いいながら、犀は自分が涙を流していることに気付いた。

昨日の晩、犀は眠らずに考えていた。
考えても考えても、犀は、結局逸巳が好きな自分が否定できなかった。
そして、決心したのだった。
犀は、涙をぬぐい、深呼吸した。
「僕、逸巳さんの身請け、受けようと思うんだ」
目の前の宗二朗の顔に、驚きと、絶望が浮かんだ。
「・・・宗二朗。僕、宗二朗が僕のこと好きって言ってくれてうれしい」
「っ、じゃあっ・・」
「でも、僕、逸巳さんのことは、もっと好きなんだ。・・・そばにいたいんだ・・・。
僕、宗二朗にすごく感謝してるよ。仕事だったとしても、僕、宗二朗に優しくしてもらって、すごくあったかかった」
「セイ・・・」
「ありがとう、宗二朗」
犀が泣き笑いを浮かべると、宗二朗は溜息をついた。
そして、苦笑した。
「そんな綺麗な顔で、ありがとう、なんていわれちゃなあ・・・」
犀はきょとんと首をかしげながらも、少し、安心していた。
目の前で苦笑を浮かべる宗二朗は、いつもの宗二朗に、もどっている気がした。
「・・・最後に、さ、」
「なに?」
「最後に、・・接吻、していい?」
「えっ」
犀は思わず頬を染めた。
「そ、それはっ・・」
うろたえる間に、宗二朗の手が頬へ伸びる。
犀が身体を硬くし、ぎゅっと目をつぶると、ふわりと唇が触れて、離れた。
おそるおそる目を開けると、宗二朗の眼が犀をのぞきこんでいた。
ふたりは、目を合わせてくすりとわらった。
幸せになってね。
宗二朗が、そう呟いた。












緊張と、期待と、不安。
こんな風な思いを抱えながらこの『白柳』の廊下を進むのも今日が最後かも知れない。
逸巳の待つ部屋へと向かいながら、犀は胸を高鳴らせていた。
「お邪魔いたします」
お入り、と答えた声は、幾分いつもより緊張しているように聞こえるのは気のせいだろうか。
いつものように障子をそっと明ると、中にはいつものように、
障子窓に腰掛ける逸巳がいた。
犀が障子を閉め、布団の脇に移動して正座すると逸巳は腰掛けたままゆっくりと口を開いた。
「考えて、くれたかな」
犀はどきりとした。
「あ、はい・・あの・・・僕・・」
いざとなるとどういっていいのか分からない。
犀が口ごもっていると、逸巳は目を伏せた。
そのしぐさがとても艶のあるものに見え、犀はどきりとした。
「・・・もし、もし俺のところにくるのが嫌ならば、俺が身請けした上で
どこかほかに裕福な家へ養子へ行けばいい。
それもいやならどこか普通の働き口を見つけてやってもいい。
とにかく、俺が身請けをしたら、自由になる。それをせめてもの償いに・・・」
勝手に話を進める逸巳を、犀は慌ててさえぎった。
「あ、あのっ、僕、逸巳さんのところに、いきたいです」
途端、逸巳は目を見開き犀を見詰めた。
ふたりの間に沈黙が流れる。
「・・・ほん、とうに・・・?」
そう搾り出された逸巳の声はかすれていた。
犀が頷くと、逸巳は腰を上げ、正座している犀のもとへと近づいた。
「犀、本当に、俺のもとにきてくれるのかい?」
犀の頬に手を沿え、逸巳はもういちど確かめるようにそうささやいた。
「僕、逸巳さんのそばにいたいです。い、逸巳さんのことが、好きです」
言った途端、犀は強く抱きしめられていた。
「犀・・ありがとう・・」
そう言いながら、逸巳は犀に口付けた。
「・・・・・ふ・・」
久しぶりに逸巳の熱い舌を感じ、犀は眩暈すら感じた。
「犀・・・好きだ・・」
そうささやかれ、額にやさしく口付けられ、犀はいつの間にか涙をながした。
なんて、泣き虫になってしまったんだろう。
布団に横たえられ、そう思いながらも犀は涙声でこたえる。
「僕・・僕も、逸巳さんが好きです・・」
「犀・・俺の犀・・・・」
そう、熱く囁きながら、逸巳は首筋に舌を這わせ、犀の着物をはだけてゆく。
「・・・ぁ・・・」
着物の割れ目から膝、内股、足の付け根とそろりと手を這わされ、背筋にぞくりと快感が駆け上る。
「あぁ!・・・っ、ゃ・・・んっ、」
中心を直接触れられ、本能的に逆らいながらも、犀はこれ以上ない悦びを感じていた。
ゆるゆると中心を扱かれ、口の中を熱い舌で蹂躪され、強い快感に目も眩む。
好きだという気持が湧き上がり、それもが快楽を産む。
次の瞬間、犀は背をのけぞらせて達していた。
ぼんやりと余韻にひたる犀の着物を脱がせ、逸巳は自分も一糸纏わぬ姿になる。
火照った肌同士がふれあい、それが心地よい。
後ろに手を回され、犀は再びぴくりと身体を反応させた。
「犀・・・」
低く名を呼ばれるたび、胸がじわりと熱くなる。
「あっ、ん・・・」
逸巳の指が進入し、犀はびくりと背を震わせた。
「はっ、・・んんっ、あ、」
熱いと息とともに、艶を含んだ声が漏れる。
その目元は薄く朱に染まり、余計に逸巳の劣情を煽る。
「犀・・・綺麗だよ・・この世で、一番」
「っそんな、あっ、逸巳さんのほうが、あぁ、きれ・・・んっ、ふ」
逸巳の長い指に攻め立てられながらも、犀は必死にことばを紡ぐ。
けれどそのことばに、逸巳はふと手を止めるとどこか悲しげな表情を浮かべた。
「・・・俺は少しも綺麗なんかじゃない。犀を自分のものにするならなんでもした汚い人間だ」
「逸巳さん・・・そんなこと言わないでください・・僕・・・そんなこと言ったら、僕だって、・・・
お父さんとお母さんが死んで、・・・それは寂しいけど・・でも、どこかほっとしてるんです。
どこかで、逸巳さんに感謝してるんです・・・。さ、最低、ですよね・・」
いいながら、犀の目からははらはらと涙が流れ落ちる。
その涙を逸巳がさも愛しそうに舐めとった。
「最低なんかじゃないよ。犀。犀は、少しも悪くない。・・・すまなかった。
俺のせいで余計な負い目を感じさせてしまうことになって・・・」
「・・・そんな!僕、それでも幸せです。逸巳さんと、一緒にいられると思うと。僕のことを・・あの、好きになってくれた人といられると思うと・・・」
犀はそう言って上に覆いかぶさる逸巳の腕に必死で縋った。
逸巳は愛しそうに目を細めると、優しく犀に口付けた。
「・・・そう、そうだ。二人で幸せになろう。殺めてしまったふたつの命のためにも。
都合がいいかも知れないけれど・・・。でも、きっと、きっと、今よりずっと幸せになろう。」
「はい・・・」
犀が頷くと、逸巳はゆっくりと愛撫を再開した。
再び犀の身体に火が灯る。
「ん、ふ、・・ぁあ、いつみさん・・・」
十分に慣らされ疼くそこに、逸巳の熱いものが当てられる。
「犀、好きだ・・」
名を呼ばれ、一気に突かれ、犀は身を震わせた。


「っゃ、・・ん、ぁ、・・・い、つみさんっ・・」
突かれるたび、甘い声が漏れ、頭がしびれる。
犀は必死で逸巳にしがみついた。
苦痛を快楽でゆがむ景色のなか、それでも目を凝らすと、愛しいひとの顔が見える。
その表情はいつみるよりも色っぽく、犀は次に突かれた瞬間、二度目の絶頂を迎えた。
ぼんやりとした頭で腹にあたたかいものを感じ、逸巳も達したのだと安堵した。


そして犀は逸巳の腕の中でまどろみの世界へと引き込まれる。
これまでで一番、あたたかく、幸せな気持で・・・。






 <小説目次>