犀は緊張しながら廊下を進んでいた。
先ほどの少年達の言葉が思い出される。
酒を持つ手が震え猪口と盆がカタカタと音を立てた。
今日初めて男に抱かれる。
そう思うと父親に殴られる瞬間とはまた違った恐怖が犀を支配していた。
なるべく穏やかな客にあたりますように。
犀はそう願っていた。

犀は部屋の前まで来るとそっと盆を置いた。
それから練習したように障子の前に三つ指をつき、震える声を必死に絞り出した。
「・・・お邪魔いたします・・・」

「お入り」
中からは柔らかな声が聞こえた。
意外と若そうな声だった。
犀はそっと両手で障子を開けた。
そしてその中にいる男の顔を見た瞬間、犀は息をのんだ。

障子窓に腰掛け、足を組み微笑む青年。その青年は見たこともない程の美貌の持ち主だった。
犀は呼吸をするのも忘れその青年に見蕩れた。
「・・・お入り」
いつまでたっても入ろうとしない犀に青年は繰り返した。
けれどその言葉からは不思議と催促や苛立ちは感じられない。
むしろ慈しむような響きさえあった。
不思議な気持ちでぼうっとする犀に、青年はくすりと笑った。
その笑い声に犀はようやくはっとすると
急いで盆を内側に置き自分も部屋に入って障子を閉めた。

「名前は?」
青年は腕を組み木枠に凭れたまま聞いた。
「あ・・、犀、です」
犀は再び畳に三つ指をそろえて顔を伏せた。
「どんな字を書くんだ?」
「き、金木犀の、犀です」
「そう、珍しい名だね」
犀はなんと返していいか分からなかった。目の前の畳についた自分の指が震えている。

「・・・犀。顔を上げて。こっちにおいで」
青年はゆったりとそう言った。
犀は慌てて顔を上げると盆を持ち衝立と布団の間に移動してそこに正座した。
青年はそれを楽しそうに見届けてから窓の木枠から腰を浮かすと
ゆっくりと犀に近づき、布団の上に方ひざ立てて座った。

「・・・俺の名前は逸巳。逸るという字に上巳の巳と書く」
そう言われてもあまり教養のない犀にはさっぱり分からなかった。
戸惑いがちに青年を見つめるとまっすぐな瞳にぶつかった。
逸巳の手が犀の頬へと伸びる。
犀はびくりとし、次の瞬間わけもわからぬまま盃を突き出していた。

逸巳の手は犀の頬に触れるか触れないかのところで停止する。

「あの、お・・・お酒・・・飲みますか?」
犀はばつが悪い思いでそう聞いた。
逸巳はくすりと笑い「もらおうか」と言った。
犀はその笑顔に救われた思いがした。

犀が盃を満たすと逸巳はそれを一気に煽る。
そのさまは妙に艶めいていて、犀はどきどきとそれを見つめた。
逸巳は犀にも酒を勧めたが犀はそれを断ると再び盃を満たした。
「犀はいくつになる?」
そう言って逸巳は再び酒を煽った。
「十六になります・・・・」
犀はもう一度盃を満たそうと、銚子を手に取った。
ふとその手に逸巳の手が重ねられ、犀ははじかれたように逸巳を見た。
その瞬間犀の手からは銚子が滑り落ち、酒が逸巳の着物へとこぼれた。
「ごっ、ごめんなさい!」
犀は慌てて銚子を拾い上げると真っ青になって謝った。
逸巳はそんな犀に微笑みかけると盃を置きそっと犀の頬に手をかけた。
真っ青だった顔が今度は朱に染まる。
「大丈夫」
そう囁くと逸巳はゆっくりと顔を近づけ犀に口付けた。
逸巳はそのまま犀を抱き寄せると布団の上に押し倒した。

いよいよだ。もう逃げられない。
犀はそう思い目を閉じた。
心臓の脈打つ音が自分でも聞こえてきそうだった。
「・・・初めて?」
上から逸巳が問いかける。
「・・・・はい」
犀がか細い声でそう答えると逸巳はほっとしたように微笑んだ。
「よかった・・・」
なにが良かったのだろう?
そう考えるまもなく犀の唇は逸巳のそれにふさがれた。
今度はすぐに舌が流れ込んでくる。
「ん・・・・」
経験したことのない感覚。
犀の背筋にはその逸巳の舌の動きだけでぞくぞくとしたものが駆け上がる。
逸巳は犀の前あわせをはだけるとその白い胸に手を滑り込ませた。
犀がびくりと身体をこわばらせる。
そんな犀の様子に逸巳は目を細めると、耳元に口を寄せ囁いた。
「だいじょうぶ。力を抜いて。すべて俺に任せていればいい」
けれどその艶を含んだ声は犀の不安を余計に煽る。
逸巳が耳たぶを甘噛みすると犀は小さく声を漏らした。
「ぁ・・・・・」
そのまま逸巳は犀の首筋に舌を這わす。
ぬるりとした感触に犀は思わず身をよじらせた。
その犀の両手を逸巳はひとつにまとめると片手で犀の頭上に縫いとめた。
不安そうに見上げる犀に、逸巳はやさしく口付けを落とす。
そして着物の下の合わせ目から手を入れ
犀の膝から太ももへ、太ももから足の付け根へと手を移動させる。
「んっ・・・」
そろりと這う手に犀はたまらず身体を震わせる。
そして逸巳は器用に下着を取り払うと犀自身に手を触れた。
直接的な快感が犀を襲う。
「っあ、やあっ」
途端に犀は足をばたつかせた。
それを無視して逸巳は犀自身をゆるく扱き始める。
「ぁ・・・・やめ・・・・」
押し寄せる快楽に、犀の抵抗はだんだんと弱くなり息も荒らぎ始める。
その目元はうっすらと上気し犀の美しさを一層引き立てていた。
犀はあっけなく達した。

胸で力なく息をする犀の帯を逸巳は器用に解く。
ひやりと夜気が胸を撫でた。
すべてをさらされ、犀は恥ずかしさから咄嗟に着物の前をかきあわせたた。
逸巳がその手をやさしく解く。
犀はその逸巳の微笑に見詰められながらおずおずと手の力を抜いた。
逸巳は再び犀の前をはだけると胸のいたるところに口付けていく。
犀が全身の緊張をゆるめると、着物の袖から腕を抜かせ、背に手をあてて犀の下から着物を抜き取った。
そして一旦犀から身体を離すと逸巳も一糸まとわぬ姿になる。
行燈の明かりに照らされたそのしなやかな身体。
犀は一瞬見蕩れたが次の瞬間下半身に目をあて顔を赤くすると慌てて視線をそらした。
逸巳はくすりと微笑み再び犀に覆いかぶさった。
今度はふたりの肌が直接触れ合う。
その感覚が犀にはなんだか気恥ずかしく感じられた。

逸巳が愛撫を再開すると一度達したその犀の身体は素直に反応し始めた。
犀の表情が快感により虚ろになったところで逸巳は犀の足を大きく割った。
「えっ・・・・」
突然大きく体制を変えられ犀は驚きの声を上げる。
さらに逸巳の手は犀の秘部へと触れられる。
「や、なにっ・・」
逃げたくても腰をがっちりとつかまれ身動きが取れない。
そのうえ逸巳の指が秘部の奥へと侵入し、犀は身体をこわばらせた。
なおもかまわず進入してくる指の感触に
犀は殆ど恐怖を覚えて哀願していた。
「やめて、お願い・・・・イツミさ・・・や・・・・・」
「犀・・・力を抜いて・・・」
指を抜かれそう耳元で囁かれたと思った瞬間だった。
犀の後ろを熱いものが一気に貫いた。
「っ・・・!」
激しい痛みに声も出ない。
すると後ろの逸巳もつらいのか息を詰めている気配がする。
「っ・・・犀、力、ぬいて・・・」
苦しそうにそう呟かれても犀はただただ涙をながし痛みに耐えるだけで
その声は耳に殆ど入っていなかった。
すると突然前を握りこまれた。
「あっ・・・」
その隙に逸巳が奥へと突き進む。
一旦おくまで入ると逸巳はゆっくりと動き始めた。
さらに激しい痛みが犀を襲う。
痛みに意識が朦朧として来たとき。
「やっ!」
逸巳が動いて犀の中のある一点に触れた瞬間
犀の全身をしびれるような感覚が襲った。
「ここ?」
逸巳がもう一度そこを掠めるように腰を動かす。
「や、だめ!」
強すぎる快感に犀は逆に恐怖を覚える。
けれど逸巳はそこを集中的に攻めるように動いた。

最初はその快感に抵抗しようとしていた犀も
いつしか翻弄され殆ど我を忘れて泣くように声を上げ続けたのだった。




行燈の炎がちらちらと弱まり部屋全体に映った影も微かに揺らめく。
犀は放心した様子で天井に出来た行燈の影を眺めていた。
その頬には幾筋もの涙の後。
これから毎日こうして誰かに抱かれなければならないのだろうか。
なかなか辛い仕事かもしれない。
「この世界じゃ甘えてる時間はない」そう犀に向かって言った少年の言葉は切実なものかもしれない。
犀はぼんやりとした頭でそう思った。

逸巳はその犀の黒く艶のある髪を横から柔らかく梳いていた。
「・・・犀」
その呟きに反応して犀はゆっくりと顔を横に向ける。
逸巳は髪を梳く手を頬に移動させると犀に微笑みかけた。
「疲れたろう?・・・・もうお休み・・・」
その言葉に犀は力なく笑って「はい」、というとその目を閉じた。
そうだ。今は何も考えないでとにかく眠ろう。

精神的にも肉体的にも本当に疲労していたのだろう。
犀は目を閉じるとすぐに自分の意識が眠りへと引き込まれていくのを感じていた。
だから犀が眠りへと落ちる直前、逸巳が囁いた言葉は言葉として犀の耳には届いていなかった。

そう、逸巳はこう呟いたのだ。

「ずっと、この日を待っていたんだよ・・・」と。











 
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