松田の舌が瑞貴の首筋をなぞる。
瑞貴は悪寒を覚え身体をこわばらせた。。
口元を手で覆われていることが、無理矢理だという事実を強調しているようで
瑞貴の恐怖を余計に煽った。
現状から逃げるようにぎゅっとつぶった目元にはうっすらと涙がにじむ。
松田は首筋に顔をうずめたままその手を瑞貴のベルトへと伸ばした。
「んーーっ!!」
カチャカチャと響くベルトを外す音に瑞貴は目を見開き、必死になって暴れた。
その途端、口元を覆っていた松田の手がずれ、瑞貴は大きく息を吸った。
「助けてっ、怜次!!」
その瞬間、瑞貴は自分でも驚いた。咄嗟に口をついて出たのは怜次の名だったのだ。
一瞬松田の手も止まったが、けれどその手はすぐに瑞貴の口元を塞ぐ。
暴れる瑞貴を押さえ込むために息を上げながら松田が再びベルトに手を掛けたときだった。

「瑞貴!?」
ガラリと音を立て勢いよく開いたドア。
松田は咄嗟に瑞貴から手を離し、身体を起こした。
瑞貴はほっとし全身の力を抜いた。

「・・・っ、なにやってるんだよ!?」
怒りに震えながら純一がそう叫ぶと、松田は真っ青になり、そのまま反対のドアから走り出た。
純一は松田を追おうと一歩足を踏み出したが、そのまま踏みとどまると
教室の中の瑞貴を見詰め、次の瞬間瑞貴に走り寄った。
「大丈夫か」
そう言って手をかす純一に縋りながら瑞貴は上半身を起こした。
「あ、ありがとう・・・帰ったんじゃなかったんだ・・・」
すると純一は眼を逸らし気まずそうな顔をした。
「・・・帰ろうと思ったよ。でも、やっぱり・・・玄関で待ってたんだ、瑞貴のこと。
そしたらさっきの奴に呼び止められてここ入って行っちゃうし・・・。
あんまり話が長いんで来てみたら“助けて”って声が聞こえたんだ」
瑞貴は涙が残る睫毛を瞬かせてきょとんと純一を見詰めた。
「中に入ってみたら瑞貴、組み敷かれてるんだから驚いたよ・・・」
その言葉に瑞貴は俯いた。
「今日の朝の彼氏はどうしたんだよ。何で一緒じゃないんだ」
「怜次は・・・そういうんじゃないよ・・・」
「な、なんだよそれ。じゃあなんなんだよ」
「お、俺だって分かんないよ・・・」
言いながら瑞貴の目には再び涙の玉が浮かんでいた。
それはやがて目のふちから溢れ頬を伝う。
たがが外れたように、瑞貴は本格的に泣き出してしまった。
純一はそんな瑞貴を見て慌てて瑞貴の肩に手を掛けた。
「な、なんで泣くんだよ」
「だって、俺ショックだったんだ。じゅ、純一にキモチワルイって言われて・・・っ。
俺、っ、人見知りするし、あんまり、友達できない、し、せっかく仲良くなったのにそんなこと・・・」
泣きながらそう言う瑞貴を、純一は衝動的に抱きしめた。
「ああ、もう!悪かったよ。気持悪いなんていって悪かった!だから泣くな。
・・・ほんとはそんなこと思ってなくて・・・。俺さ、その怜次ってやつに嫉妬してるんだよ
「え、え・・?」
瑞貴は目を見開いて腕の中から純一を見上げた。
その顔は真っ赤に染まっている。
「わかんないよ、俺だって!今日ずっと考えてて気付いたんだから!」
「ま、待ってよ・・・」
「名前、呼んでたよな」
「・・・え?」
「瑞貴、あいつに襲われて、咄嗟に怜次ってやつの名前呼んでた」
瑞貴は戸惑い純一から目を逸らした。
「・・・あの怜次ってやつのこと好きなの」
「わかんない・・・」
「じゃあなんで名前呼ぶんだよ。なんでキスしてるんだよ」
「だ、だから俺だってわかんないって・・・第一キスは向こうからしてくるんだし・・・」
瑞貴がそう言うと純一は不満そうに顔を顰めた。
「なんだよそれ・・じゃ、俺もする!」
「え、ええ!?」
純一は戸惑う瑞貴の肩に置いた手に力を込めると顔を近づけた。
抵抗できない。純一だと思うと、瑞貴は抵抗することができなかった。
純一の顔が近づく。瑞貴はぎゅっと目をつぶった。

「・・・っや!だめ!」
けれど唇が触れるか触れないかの瞬間、瑞貴はやはり咄嗟に顔を逸らしてしまった。
「・・・やっぱり、あいつのこと好きなんだ」
瑞貴は真っ赤になって俯いた。
たった今、純一に自分の心を確認させられた気がした。
「そ、そうなのかも・・・」
瑞貴がそう小さく呟くと、純一は肩に置いていた手を下ろして溜息をついた。
「瑞貴を守ってやったのは俺なんだけどな」
「そ、そんなこと言ったって・・・」
瑞貴が困ったように純一を見上げると、純一はにっと笑って掠めるようにキスをした。
「これでチャラな」
そう言って笑う純一に、驚いて呆然としていた瑞貴もいつしか笑いを漏らした。






「そんなことがあったのか・・・」
純一との会話を除き昨日の放課後起きたことを簡単に説明すると
怜次はその形の良い眉をひそめた。
瑞貴はいつものように朝の音楽室で怜次にピアノを教えてもらおうと椅子に座ったところだった。
「俺が一緒にいたら良かった・・・俺が瑞貴を助けることが出来たら良かったのに・・・」
悔しそうにそう呟く怜次に瑞貴は緊張しながら続けた。
「あの・・それで・・・俺、気付いたんだ。・・・お、俺も怜次が・・す、ごく、好き、だって・・・」
怜次は微かに目を見開き瑞貴を見詰めた。
瑞貴は頬を染め、けれど顔を上げ背後の怜次を振り返り見上げ
眼を逸らさずにそのの視線を受け止めた。
すると怜次はふっと微笑みドアへと向かった。
出て行くのかと不安になった瑞貴が思わずピアノの前で立ち上がると、
怜次はドアの鍵をかけ振り向いた。
瑞貴が微かに首をかしげると、怜次は艶やかに微笑み言った。
「昨日の朝の続き、してもいいかな」
瑞貴は赤い顔をさらに朱に染めた。
怜次はゆっくりと瑞貴に歩み寄るとそのまま顎を掬い上げ軽くキスをした。
「いい?瑞貴・・・」
唇を離し、いまだお互いの息遣いが聞こえる距離で怜次は瑞貴の眼を覘きながらそう囁いた。
瑞貴は顔を赤くしながらも声を絞り出すようにしてそれに答えた。
「お・・俺も、怜次と・・・したい・・・」
言い終わると同時に、怜次が再びその口を塞ぐ。
今度はすぐにぬるりと舌が割り入り、口内を弄る。瑞貴もぎこちなくその舌に自分の舌を絡ませる。
「ん・・・」
瑞貴は自分の膝が笑うのを感じ、支えを求めて咄嗟に後ろに手をついた。
その途端ピアノが不協和音を奏でる。
怜次は突然響いた大きな音に口付けを緩めるどころかさらに深く瑞貴を求め、
その腰に手を回して抱き寄せた

「・・ん・・・っは」
ようやく長い口付けから開放されたとき瑞貴は立っていられず自然と怜次に身体を預けるようにしていた。
怜次を見上げるとその顔は微笑を浮かべているけれど目には欲望の色。
怜次はそのままそっと瑞貴を床に横たえた。
ネクタイに手がかかり、瑞貴は緊張とも期待ともつかない感情に目を閉じた。
怜次がその瞼に優しく唇を落とす。
ひとつひとつボタンを外されるたび、心臓が壊れてしまうのではないかというほどに音を立てる。
「好きだよ、瑞貴」
耳元でそう囁かれ、瑞貴はぞくりと背筋を震わせた。
そしてそれと同時に、この上ない幸福に胸を満たした。
怜次になら何をされてもいい。
そう思いながら、瑞貴は自然と口元に笑みを浮かべた。







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