「充哉が晋一をどうにかして陥れた」
影ではそう囁かれているのを充哉は知っていた。
そんなことはないと叫びたい気持と反面、そう言う風に噂が広がるのも無理はないと、充哉は半ば諦めていた。
目を引く容姿にいつも落ち着いた態度。勉強も出来れば家は裕福。
そんな非の打ち所のない晋一と、比較的綺麗な顔をしているだけであとはなにもかも平凡な充哉。
どこからどう、充哉の名と顔を知ったのかはわからないが、
時々他校の女学生が充哉に直接文句を言ってくることもあった。
それらの中傷は確実に充哉の心に傷を刻んでいったが、
晋一の顔を見るとその傷も癒される思いがするのだった。
充哉自身、いつか不思議で聴いたことがあった。

「晋一はぼくなんかのどこを好きになったの」
すると晋一は微かに目を見開き、少し考えるようにしてから一言ぽつりと言った。
「雰囲気・・かな」
「雰囲気?」
「うん。ぼくは、ひとがひとを好きになるのは、雰囲気に惹かれるんだと思うんだ」
「なに?それ」
充哉はいまいち良く理解できずに首をひねった。
すると晋一はくすりと笑った。
「ほらね。ぼくは充哉の今みたいな仕草がすごく可愛いと思うし、そういうところが好きだよ。
でも、可愛いと思うのは充哉だからなんだ」
そう言われて充哉は思わず頬を染めた。
「そうだな、例えばぼくは充哉の人のことを考えるやさしさが好きだ。
でもそんなこと言ったらやさしい人なんかこの世に溢れるほど居るだろう?
結局、ぼくは充哉が充哉だから好きなんだ。充哉がまとう雰囲気が好きだから、
人のことを考える優しさも目に付くし、一つ一つの仕草が微笑ましく思える。
まあその細かい仕草一つ一つが充哉という雰囲気をつくりあげているのでもあるんだけど・・・」
「・・・なんだか難しいね」
充哉がそう言うと晋一は笑った。
「そうだね。人を好きになるって、考えるとなんだか不思議だよね」

そんなことを思い出し、口元に自然と笑みを浮かべながら充哉はその日も家路に着いた。


「君が充哉君か」
玄関の鍵を回そうとしたところで背後からそう声を掛けられ、充哉はびくりと振り返った。
見るとそこにはタキシード姿の紳士が帽子を手に立っていた。
「あの・・・」
何か用でしょうか、と続けようとしたところで紳士が先に口を開いた。
「私は晋一の父だ」
その言葉に充哉はさっと顔色を変えた。
「うちの晋一と付き合っているそうだな」
淡々とそう言葉を紡ぐ晋一の父の顔には恨みも、怒りも、悲しみの色も読み取れず、
充哉はただ戸惑い顔を伏せた。
「完結に言おう。もう晋一とは会わないでくれ」
充哉は思わず顔を上げると縋るような目で晋一の父を見詰めた。
「あのっ、でも・・!ぼくは、ぼくたちは・・っ」
「分からないのか」
晋一の父はぴしゃりとそうさえぎると充哉に強い視線を当てた。
そこに初めて激しい怒りの色を感じ、充哉は目を見開いた。
「君の存在が、どれほど晋一の将来に影響を及ぼすか、分からないのか。
はっきり言って不快だ。私の息子が、男と、しかもこんななんの取柄もないような庶民と付き合っているなど。
晋一はこれが本気の恋だと勘違いしているようだが、私は一時の気の迷いだと思っている。
私は自分の息子にそんな一時の気の迷いのために一番大事な時期を無駄にしてほしくない。
大体・・・大体、噂が街のほうまで広まったら私がどんな恥を掻くか・・・・!
そんなことになったら私の選挙結果にまで影響しかねないんだぞ!君はそこまで責任が取れるのか!」
最後は声を荒らげながらそこまで言うと、晋一の父は咳払いをした。
「とにかく、今晋一は私の言うことを聞かない。ならば君から晋一に別れを告げてくれ」
そう言って晋一の父は手にしていた帽子を頭に載せると背を向けた。
「それでは、御機嫌よう」
背を向けたままそう言い残し遠ざかる晋一の父の背を、充哉は呆然と見詰めていた。





「晋一・・・ぼくたちもう会わないほうがいい気がする・・・」
考えれば考えるほど、晋一の父が正しい気がしてならなかった。
そうして決心を固めた充哉の口から出たのはその言葉だったのだ。
けれど言ったそばから後悔が襲い、目に涙が溜まる。
その上晋一が「ぼくは充哉が居なかったらもう生きていけない」などというものだから
せっかく固めた決心はあっけなく崩れ、それと同時に涙がとまらなかった。

充哉も晋一が好きでたまらなかった。
だからこそ激しいジレンマに苦しまされるのだった。
いつの間にこんなに晋一が好きになったのだろう。
ここのところの一連の出来事で、さらにその気持は強くなった気がする。
食べてはいけないと言われると、余計に食べたくなる心理と同じなのだろうか。
充哉は晋一の暖かい腕の中で、止まらぬ涙をもてあましながらぼんやりとそんなことを考えた。
「人を好きになるって、考えるとなんだか不思議だよね」
前にそう言った晋一の言葉が頭の中をめぐっていた。





充哉の両親が自殺したのはそれから数日後のこととなる。





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