晋一へ


この手紙を読み終えたとき、晋一はどんな顔をするだろう。

絶望を覚えるかな、涙を流すかな、それとも怒るかな。

そればかりがぼくの頭をよぎります。

でもごめんね。ぼくは他にもう方法を見つけられなかった。

晋一と一緒に生きていきたかったけれど、ぼくがいたらきっと晋一は幸せになれないし、

かといってぼくは晋一がいなかったらもう他には何もないんだ。

ぼくには一人で生きてゆく勇気も、気力も、もう残っていません。

だから、死を選ぶ弱いぼくを許してください。

命を絶つ前にもうひと目晋一に会いたかったけれど、そんなことをしたら

決心が鈍り、一生晋一といたいと、わがままを言ってしまいそうで、怖かった。


こんなふうにしか終れなかったぼくたちだけれど、

それでもぼくは、晋一と過ごしたときを思い出すととても暖かな気分になれるんだ。

ぼくを愛してくれてありがとう。幸せだったよ。


最後に、どうしても聞いてほしいお願いがあるんだ。

ぼくの死体がみつかっても、それを見に行ったりしないでほしい。

晋一には綺麗な姿のぼくを覚えていて欲しいから。

醜い死体になったぼくを、晋一には見て欲しくない。



晋一。

ぼくは最後まで君を愛していたよ。

桜よりも、ずっと、ずっと。


充哉






晋一は呆然とその場に立ち尽くした。
広げた手紙の上にはらはらと桜が舞い落ちる。
頬にもひとひら、桜の花びらがとまって貼りつき、初めて自分が泣いているのだということに気付いた。

充哉。
晋一は声にならない声で充哉の名を呼んだ。

自分だって、充哉が居なければ他にはなにもないというのに。
充哉がいると幸せになれないだって?
事実は、その反対だというのに。
あれだけ大事に、慈しんできたのに、本当の思いは伝わっていなかったのだろうか。
それとも、充哉の言う幸せとは、なんなのだろう。

晋一は怒涛のように沸きあがる心の叫びを抱えながら、
ひとり、桜の下、無言で涙を流し続けた。














崖の下、波は寄せてはしぶきを上げて岩に消える。
晋一は崖のふちに立ちそれを見下ろしていた。

数日前、充哉の遺体がこの町外れの崖の下、打ち寄せる波間に見つかったそうだ。
晋一は充哉の願い通り、遺体の確認には行かなかった。
その後充哉の遺体がどこへどう埋められたかなども、興味がなかった。
生きている充哉でなければ意味がない。
お互いに触れ合えなければ意味がない。

晋一は抜け殻のようになった自分の身体をもてあましていた。
もうなにもやる気が出なかった。
ただ、充哉に対しての、狂おしいほどまでの思慕が胸には残り、
その片隅で、父親に対する怒りがくすぶっているだけだった。
義則は、ここまでことが大きくなるとは思っていなかったらしく、一度、晋一に謝罪を入れたが、
それはもはや晋一には届かなかった。
ただ色をなくした冷たい晋一の視線が、義則を脅かすだけだった。
姉の美祢も顔をあわせるたび、何か言いたそうな、哀れむような、それでいて許しを請うような視線を向けたが、
今の晋一にとってはそれもどうでも良いことだった。
ゆるゆると流れる時は、晋一にとって苦痛この上なかった。

充哉が身を投げたであろう場所。
今、晋一はその淵に立ち、無表情に充哉の死体が発見された波間を見詰めた。
絶望の中、充哉は、その荒い波間に身を投じる瞬間、それでも恐怖を覚えただろうか。
晋一の顔を、その心によぎらせただろうか。
晋一は一歩、崖を前へと踏み出した。
このまま、同じ場所から身を投げたなら、もういちど充哉に会うことができるだろうか。

「死んでも彼には会えないぞ」

急に背後から聞こえた声に、晋一は我に返って後ろを振り向いた。
見ると崖と続く林の境に、自分と同じ学生服を来た、けれど見覚えのない少年が立っていた。
少年は木の幹に凭れ、腕を組みながら晋一を見詰めていた。

「死んでも彼には会えない」
少年はもう一度そう繰り返した。
晋一は自分でもどこかで分かっていたようなことをはっきりと言われ、
むっとする自分を抑えることができなかった。
「君に何が・・・」
「わかる」
「・・・っ」
「だから、」
そこで言葉を切って、少年はすっと目を細めて薄い笑みを浮かべた。
「他に彼に会う方法があると知らずに間違ってそこから足を踏み外す前に、こっちに来たらどうだ?」
「充哉に・・・会える・・・?」
「そう」
少年は笑みを浮かべたまま頷いた。
「っ、もしかして充哉は本当は死んでないのか!?」
晋一の心には、一気に希望が広がった。
けれど少年は笑みを消し、晋一から視線を逸らした。
「田畑充哉は死んだよ。でも、お前が彼に会える方法はある」
晋一は少年の言葉に矛盾を感じながらも、その言葉に誘われるようにして少年へと足を踏み出した。





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