「充哉に会える方法があるってどういうことだ?」 晋一はゆっくりと林の中の道を歩きながら、隣を歩く不思議な少年に聞いた。 少年はにやりとして晋一の眼を覗き込んだ。 「俺がお前を、不老不死の身体にしてやるよ」 晋一は思わず足を止めて少年を睨んだ。 「・・・ふざけてるのか? ・・・それとも、君も他の奴らと一緒で、噂を聞いて、面白がってぼくたちのことをからかいに来たのか?」 すると少年は薄笑いを浮かべたまま振り返った。 「信じないのならそれはそれで良いよ。」 晋一はじっと少年を見据えた。 「・・・そんなこと、誰が信じられるんだよ」 「そう?それなら俺を無視してこの林をまっすぐ進めばいいだけだよ。それとも、もう一度崖に戻ってそこから飛び降りる?そうしたらもう俺にも、彼にも、二度と会うことはないだろうね」 晋一は少年を見詰めたまま考えた。 少年はそんな晋一の視線を楽しむようにして、腕を組みながらその場に立っていた。 二人の間にしばらく沈黙が流れた。 晋一の溜息がそれを破った。 「・・・それで?ぼくが不老不死になったとして、どうやって充哉に会うんだ」 晋一は再び林の中を歩き出した。 「正しくは、お前が不老不死の身体になって、彼の生まれ変わりを待つんだ」 晋一は怪訝な顔で隣を歩く少年を見た。 「充哉の生まれ変わり?」 「そう。」 「・・・生まれ変わりが存在するなら・・・それなら何故、 ぼくの生まれ変わりと充哉の生まれ変わりが会う事ができないんだよ」 すると少年は鼻で笑った。 「そんなのないに等しいね。第一出会ったとしてもお互い気付かない。 だって生まれ変われば前の記憶なんかなくなるだろう?お前、前世の記憶とか、ある?」 晋一は疑い深い目で少年を見詰めた。 「・・・ぼくを不老不死の身体にはできるくせに、ぼくの記憶を来世まで運ぶことはできないのか」 すると少年はすっと目を細めて言った。 「そこまで俺は親切じゃないし、事を簡単にするつもりもないね。・・―第一、」 そこで言葉を切り、少年は薄笑いを口元に浮かべた。 「俺は、そこまでして彼に会おうとするお前の姿が見たい」 晋一はその少年の楽しむような態度に眉をひそめた。 むっとして口を開きかけたとき、二人は林の出口に着き、少年は足を止めた。 「来年の春」 少年は晋一を見詰めて言った。 「来年の春、桜が満開になる頃まで、一度もお前が家から出なかったら、晴れてお前は不老不死だ。 ―それから、約束事を三つほど。 不老不死になった後も、家から一歩も出ないこと。 彼には自分の本当の名を告げないこと。 三つ目。彼ともう一度会い、心を通わせた時点で、お前は不老不死から解放される。 ・・・・健闘を祈るよ」 少年はそう言って目を細めて笑うと、再び林の中に消えた。 晋一はしばらくその場に立ち尽くしていた。 * * * 晋一はささくれ立った畳の上に上半身を起こした。 まだ夢の余韻が残り頭がぼうっとしている。 不老不死となり、この家で一人暮らし始めてから何度充哉との夢を見たか分からない。 夢の中で充哉は桜の木の下で笑っている。 けれど抱きしめようとすると決まって、その姿は桜の花びらに姿を変えるのだった。 穴だらけの障子戸から覘く桜の花。 それはあの林で出会った少年からの微かな情けであり、贈り物だった。 少年と出会ってから約一年間、晋一は少年の言うとおり家から一歩も出なかった。 最初、家族はどうにかして晋一を外に出そうと躍起になった。 けれどそれも半年と持たなかった。 父親も母親も、どんどん晋一に関心を失くしていった。 そうして再び庭の桜が満開になる頃、少年は再び晋一のもとに姿を現したのだった。 「おめでとう」 満開になった桜を見ようと、その頃はまだ新しかった障子を晋一が開けると、少年はそこの縁側に座っていた。 晋一が驚いて目を丸くしていると少年は桜に視線を移した。 「桜、満開になったな。今日からお前は晴れて不老不死だよ」 一年ぶりに見る少年は、やはり黒い制服を着て、変わった様子もなかった。 「・・・どうやって入った」 晋一は怪訝な視線を向けた。 けれど少年はその質問には答えず目を細めた。 「良く決心したもんだな」 晋一は視線を逸らした。 すると少年は言った。 「俺からの情けとして、誰か一人、選ばせてやるよ」 「―どういうことだ?」 晋一が少年に視線を戻すと、少年は面白そうに微笑を浮かべた。 「不老不死の時を一人で過ごすのは辛いだろう? だから誰かもう一人、お前が選んだ人間を不老不死にしてやるよ」 晋一は微かに目を見開いた。 少年は相変わらずその様子を面白そうに観察している。 晋一はゆっくりと少年の隣に腰掛けた。 「・・・ぼくは、充哉意外に時を一緒に過ごしたい人なんて居ないよ」 桜を見詰めたまま静かにそう言うと、隣の少年が微かに驚く気配がした。 「でも、もし君ができるなら、この桜が朽ちることのないようにして欲しい」 「・・・わかった」 その静かな声に晋一が横を向くと、少年は初めて見る穏やかな笑みを浮かべていたのだった。 それからというもの、この桜はひとひらも散ったことがない。 物珍しさに惹かれて一時は人が見に来たこともあった。 反対に、家族は気味悪がりあまり近づくことはなかった。 けれども不思議なことに、時がたち、家から人がいなくなるにつれ、この桜も人々の目を惹かなくなった。 そしてこの家を壊す者が来たり、誰かが尋ねてくるといったこともまったくなかった。 散ることのない桜。 けれどこの家だけは少しずつ朽ちていって、それだけがこの空間で時を告げるものとなった。 美祢が出てゆき、義則と繭が死に、晋一はもう永いことこの家で独りだった。 晋一は腰を上げるとぼろぼろになった障子戸を開けた。 目の前いっぱいに桜の大木が広がる。 することといえば、こうして桜を眺めること。 時々あまりの孤独と、それがどこまで続くか分からない恐怖に気が狂いそうになる。 ひとりで何度涙を流したか分からない。 そうして、ひどく孤独を感じるとき、晋一は桜の幹に触れ、充哉とのことを思い出すのだった。 晋一は今日もそうして縁側から離れると、目の前にある桜の木の下で目を閉じた。 充哉との幸せだったとき。 桜の下や、学校の裏で身体を重ねた日々。 そんなことに思いを馳せているとこころの奥に暖かいものが広がる。 晋一は目を開け、桜を見上げた。 と、その瞬間、古めかしい金属音がした。 晋一は自分の心臓が高鳴るのを感じた。 それは、朽ちかけた木の門の蝶つがいが音をたて、今にも門が開こうとしている音だった。 |
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