長い間開くことのなかった木戸が音を立てて開いた。 晋一は息を詰めた。 開いた戸の向こうから現れたのは、紛れもなく充哉だった。 あの頃と少しだけ変わった学校の制服。 少しだけ変わった髪形。 けれどその顔も姿も、雰囲気も、あの頃そのままだった。 充哉はそっと足を庭に踏み入れると注意深い様子で数歩足を進めた。 そこで扉が閉まり、充哉はびくりと後ろを振り返った。 そんな様子すら愛しくて、晋一は自然と微笑んだ。 長かった。 どれくらいの時が立ったのかは分からないけれど、とにかく独りで過ごした時を思うと長かった。 木の陰になっていて見えにくいのか、充哉は晋一にいまだ気付かないようだった。 充哉はぼんやりとした様子で桜の花を見上げている。 晋一は自分の鼓動がさらに高鳴るのを感じた。 すぐにでも抱きしめたかった。 けれどそんなことをしたら自分のことを覚えていない充哉は驚くだろう。 晋一はもどかしさと緊張を覚えながら木の陰から一歩踏み出した。 「何か用?」 晋一がそう声をかけると充哉は咄嗟に晋一の方を向いた。 長い間この家で独りだった晋一は自分の声でさえ久しぶりに聞いたことに気付いた。 充哉は振り向いたまま晋一を見詰め動けない様子だった。 そのままお互いしばらく無言で見詰め合った。 触れたい。 そんな思いが沸きあがり、晋一は気付くと充哉に近づきその頬に手を伸ばしていた。 充哉がびくりと身体を震わせた。 晋一は確かめるように聞いた。 「君は、だれ?」 充哉は緊張した面持ちで口を開いた。 「ぼく・・は・・・充哉」 やはり充哉だ。 確かめた途端感動と共に、急にわけの分からない不安が晋一を襲った。 『三つ目。彼ともう一度会い、心を通わせた時点で、お前は不老不死から解放される』 そう言った少年の言葉が頭に響く。 解放されたら自分はどうなるのだろう? 「・・・・・そう・・・充哉・・・・」 晋一はぼんやりと充哉の名前を繰り返して呟いた。 けれど心の中にはじわじわと恐怖が広がっていく。 次の瞬間、晋一は目を伏せ、知らぬうちに自分でも呟いていた。 「・・・ここから出て行って」 「・・・え?」 目の前の充哉が目を見開いた。 晋一は充哉に背を向け、もう一度はっきりとした声で言った。 「出て行けっていったんだよ」 充哉はぎこちなく後ずさると、そのまま木戸を押して出て行った。 晋一はその充哉から目を離すことができなかった。 戸が完全に閉まったと同時に頬に涙が伝った。 自分でも、なぜせっかく会えた充哉に出て行けなどと言ったのか分からない。 ただただ、怖かったのかもしれない。 その夜は満月だった。 晋一は縁側に座り満月に照らされる桜を見上げた。 少し肌寒い風が吹く。 晋一は自分の右手を見詰めた。 久しぶりに充哉に触れた手。 晋一はそれだけで身体の底から熱がこみ上げるのを感じた。 こんな風に自分の熱をもてあます孤独な夜を何度過ごしてきただろう。 孤独というものがこんなにも辛いとは思っていなかった。 それを充哉に会いたい一心で絶えてきたのだ。 それなのにいざ充哉に再開してみると恐怖を覚え追い返してしまった。 晋一は冷静になった後でそれを激しく後悔した。 『解放』というのがどんなものなのか、それも怖いけれど、 このまま、また充哉に会えなくなってしまうのはもっと怖い。 充哉はまた来てくれるだろうか。 晋一はそれを考えると胸がつぶれそうだった。 晋一は細く息をつくと目を閉じ横になった。 晋一はまぶしさと肌寒さに目を覚ました。 昨晩は縁側で桜を眺め、そこでそのまま眠ってしまったらしい。 晋一は身体を起こすと縁側に座りなおした。 桜は変わらず風になびき美しい花を咲かせている。 「充哉・・・」 声に出して呟いたことに晋一は自分でも驚いた。 ―充哉がここを、もう一度訪れるように― 晋一はそれだけを願って桜を見詰めた。 どれだけそうしていただろうか。 昨日と同じ、扉が微かに音を立てた。 目を閉じて自分を落ち着けようとしても心臓が音を立てているのが聞こえそうだった。 扉が完全に開く気配がした。 晋一はゆっくりとそちらを向いた。 充哉が立っていた。 緊張する中晋一は充哉に声をかけた。 「また来たね」 すると充哉は不安そうに目を泳がせた。 「あの・・・」 困ったようにそう言う充哉を見て、晋一は一気に愛しさが溢れるのを感じた。 「こっちにおいで」 自然と微笑みながらそう言うと、充哉は緊張しながらも晋一の座っている縁側のそばまで来た。 「座れば」 いつまでも立ったままで居る充哉の姿に晋一はくすりと笑いを漏らした。 充哉はぎこちなく晋一の隣に腰掛けた。 こうしていると昔のようだと晋一は思った。 晋一は桜を目の前の桜を仰いだ。 「桜、綺麗だろう」 「・・・うん」 充哉がそう頷いた瞬間風が吹き、その髪をふわりと遊んでいった。 晋一は充哉の横顔をじっと見詰めた。 あの頃と少しも変わらないその横顔。 充哉は本当に自分のことを覚えていないのだろうか。 晋一がそう不思議に思っていると充哉がそろりとこちらを向いた。 目が会うと充哉はひゅっと息を潜めた。 そんな充哉がかわいくて、晋一は思わず微笑んだ。 覚えていてもいなくても、この場所は充哉にとってまったく不思議な場所だろう。 「・・・不思議?こんな時期に桜が咲いているって」 そう言いながら、晋一は充哉の頬に手が伸びるのを止められなかった。 充哉がびくりと身体をこわばらせた。 「そんなに硬くならないで、充哉」 そう言うと充哉の頬が赤く染まった。 途端、充哉は慌てた様子で立ち上がった。 「ぁ・・・ぼく、学校に行かないと・・・」 そう言って充哉は門に向かって歩き出した。 晋一は怖がらせてしまっただろうかと不安になった。 またここに来てくれるだろうか。 充哉が扉に手をかけるのを見て、晋一は慌てて声をかけた。 「充哉」 名前を呼ぶと、充哉が動きを止めたのが分かった。 「ぼくの名前は・・・」 そこまで言って、晋一は少年の言ったことを思い出した。 『彼には自分の本当の名を告げないこと』 「晋だよ」 晋一は怖がらせないよう微笑を浮かべながら言った。 「・・・明日も、来てくれるとうれしい」 振り向いた充哉の顔は、さらに赤く染まっていた。 |
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